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土谷総合病院

被嚢性腹膜硬化症(EPS)とは

はじめに

被嚢性腹膜硬化症(EPS)は腹膜透析(PD)の最終合併症として恐れられ、一部ではPD療法を否定するとの意見もみられ、導入患者増加の妨げとなりました。しかし現在では病態の解明とその治療法は確立されつつあり不治の合併症ではなくなりました。適格なPD処方を行なえば防ぐことが可能であり、また適切な診断と病期にあった治療法を行なうことで完治可能となります。

EPSとは

実際の開腹所見を見るとEPSは容易に理解できます(図1)。腹膜劣化により変性した腸管壁同士が癒着し、その表面が強固な白色の被膜によって覆われているものです。この被膜は臓側腹膜から壁側腹膜へ連続しており、腹部CTでみると腸管と腹壁との間に腹水が貯留したのう胞があるようにも見えます(図2)。この被膜の成分はフィブリンであり、劣化した腹膜内に増生した毛細血管から染み出し表面を強固に覆うものです。発症当初は被膜が薄いため症状は現れませんが、時間と共に被膜が厚くかつ短縮し腸管を締め付けるため腸閉塞症状が出現します。多くは小腸全体を締め付けるため、激烈な症状ではなく徐々に閉塞症状が進行します。そのため小腸造影でははっきりした狭窄部は同定できず小腸全域の運動遅延が見られます(図3

患者様に説明する際には、幼少時に習った偉人伝の野口英世をたとえて話します。かれは小さい頃いろりに落ちて左手を大火傷し指が一塊となり“てんぼう”と言われていました。EPSも長期間PD液に暴露されたり、繰り返しの腹膜炎によって腸管表面があたかも火傷したかのごとく変性します。それに浸出液(フィブリン)が染み出し火傷の“かさぶた”のごとく腸管を覆いEPSとなります。

このフィブリンの析出はEPSが発症する前から見られます。しかしPDを続けているとフィブリンが洗い流されるため被膜の形成は遅れます。PDを中止するとフィブリンは腹腔内へ溜まって厚い被膜となります。これがEPSの多くがPDを中止後発症する機序です。また腹膜劣化の状態に炎症、特に細菌性腹膜炎を合併するとさらに大量のフィブリンが析出し、一気に被膜が形成されEPSを発症します。

EPSの診断

EPSの確定診断は肉眼的に被嚢化された腸管を確認する以外ありません。しかしそのためには開腹術か腹腔鏡検査が必要であり困難です。

通常は臨床的な腸閉塞症状と画像診断により診断します(表1:A、B)。長期PD症例で腸閉塞症状が現れればEPSを疑い、腹部CTにて被膜により隔壁化された腸管や腹水を認めれば診断されます(図2)。さらに腹膜石灰化も診断に有用です。石灰化は劣化した腹膜と形成された被膜の境目に多く見られるため被膜形成の証拠となります。

また症状の進行過程が重要です。さきに延べたように薄い被膜であれば腸閉塞症状は出現しません。しかし時間の経過と共に被膜が厚くなれば発症します。つまり腸閉塞症状が起こるが一時的な絶食で改善、しかし数ヶ月を経て再燃、この再燃までの期間が徐々に短くなればEPSと確診されます。

EPSの予防

EPS発症は腹膜劣化が基本であり発症率は腹膜透析期間に比例します。私の行なった多施設前向き調査では、全PD患者に対する発症率は2.5%ですが、10年以上ではそれは7.1%と高率となりました。つまり長期PDは危険因子であり、8年以内にPDを中止することが予防となります。しかし年数を既定することは危険であり、腹膜劣化の評価が必要となります。最も単純なものは定期的にPETを行なうことであり、これでhighとなればPDは中止すべきです。

もっとも大切なことは腹膜劣化を防止することであり、生体適合性の良好な透析液の使用、ブドウ糖負荷量の減少、さらに重症腹膜炎の防止が重要となります。

多くのEPSはPD中止後、貯留したフィブリンが堆積するために発症します。そのためPD中止後もカテーテルを残存し腹腔洗浄が行なわれています。しかし、私の調査によっても腹腔洗浄の効果は証明されませんでした。たとえ腹腔洗浄を行なったとしても腹膜劣化の改善は望めず、被膜が厚くなるまでの期間を延ばすだけであり結果としてEPSを発症すると思われます。また腹腔洗浄中に腹膜炎を併発すればEPSは必発であり逆効果となります。

私が考える腹腔洗浄の適応は、1)長期PD歴(8年以上)、2)PETで腹膜透過性亢進が診断された症例、3)排液中炎症・線溶凝固系マーカー上昇例(IL-6, FDPなどの上昇)(6)、4)排液中フィブリン増加や血性排液症例、です。また腹腔洗浄中には3ヶ月ごとにPETを行い、D/P-Crの改善や排液中CA125や中皮細胞面積を測定し、それらの改善が得られたならすみやかに抜去すべきです。マーカーの改善しない症例については1年程度の洗浄の後、患者とEPS発症のリスクについての同意を得た後にカテーテルを抜去することもやむ得いと考えています。

EPSの治療

EPSの治療としては中心静脈栄養(TPN)、ステロイド、開腹癒着剥離術があります。しかしTPNのみでは改善は望めず、長期間のTPNはbacterial translocationやTPNカテーテル感染により敗血症となり死亡するため、根本的治療が必要となります。

ステロイド療法

現在、EPSの治療としてステロイドが第一選択とされています。しかし調査によると効果の見られた症例は半数以下にすぎません。ステロイドの効果が見られるのは腹腔内に炎症所見が存在するときのみであり、発症直後で血清CRP上昇、排液・腹水中FDP上昇時や、EPS発症前でも腹膜生検組織にて炎症細胞浸潤が確認され持続的CRP弱陽性の場合には必要となります。いずれにしても時期を逸した場合には投与しないほうが良いと思えます。まれに、ステロイド投与により効果を得られるが減量すると再燃する症例がみられます。この治療は難渋し炎症状態の繰り返しの結果、敗血症で死亡することがあります。これには慎重な減量が必要であり長期間大量投与を継続すべき症例もあります。

手術治療

われわれは、EPSはあくまで腸閉塞であり、その治療の基本は腸管癒着剥離術との認識より、1993年より腸管切除を行なわない完全腸管癒着剥離術を行なってきました。これまで200症例に対し、この術式を採用し改善を得ることができています。

内科的治療にても改善しない場合にはすべて適応となります。以前は腹膜石灰化症例は手術が困難と言われていましたが、これも手術を躊躇する要因とはなりません。

絶対的適応は1)腸管減圧が必要な状態(イレウス管挿入が必要な状態):このような症例では腸管穿孔リスクが高く穿孔した症例の生存は低いため適応となります。2)低栄養状態(TPNが必要な状態):長期のTPNでの管理には限界があり低栄養となる前に手術が必要となります。相対的適応としては繰り返しの腸閉症状(2〜3回/月)であり、このような症例では時間とともに症状が進行するため、早期の手術も必要です。

いずれにしても術前に腸管穿孔を発した症例の予後は極度に不良であり、EPSと診断された場合には常に手術適応について考慮しておく必要があります。

手術の基本は、被膜と腸管癒着の鋭的剥離であり腸管を一本の管とする単純なものです。しかし、症例ごとまた同一症例でも部位ごとに腸管壁の変性が異なり、それが手術を困難としています。剥離するべき箇所は腸管全域にわたっているため、剥離の容易なところから行い一箇所に固執せず剥離場所を変更します。手術時間は4時間から18時間と症例によりさまざまですが、いずれも剥離可能となっています。

最も悩んでいることは術後再発です。手術により癒着が剥離され腸閉塞は改善しますが、腹膜の変性劣化は残ります。火傷では皮膚移植を行なうことで完治します。しかし腸管全域に移植する腹膜はなく、再度フィブリンが析出し被膜を形成します(EPS再発)。再発を防ぐために術中・術後のステロイド投与を行なってきましたが効果は明確でありません。しかし再手術を行なえば経口摂取は可能となるため、手術の繰り返しもやむを得ないと考えています。

EPS手術成績

2010年末までに手術を行った181例の予後を確認しました。42(23.2%)名が死亡していました。EPS関連死亡は14名の術後死亡を含む33名(18.2%)であり、1, 2, 3, 5 ,8 年の総生存率はそれぞれ93, 84, 79, 70, 57%でした。

予後の比較

EPSの死亡率は24−66%と報告されていますが、観察期間と治療法がまちまちであり明確ではありませんでした。最近、比較的長期の観察結果が報告されるようになりました。イギリスでは111例のEPSを観察し総死亡率は53%としています。またオーストラリア・ニュージーランドでは33例のEPSで総死亡率55%、1年、2年、3年、5年生存率をそれぞれ69%、62%、58%、35%と報告しています。さらにオランダでは64例のEPSを解析しTamoxifen(ノルバデックス)の有効性を提示していますが、総死亡率は63.5%で、有効であるとされたTamoxifen群(24例、総死亡率45.8%)での1年生存率80%、2年63%、3年60%と報告しています。これらの最近の報告と比較しても、われわれの手術症例の予後は格段に良好となっています(表2:予後の比較)。

おわりに

EPS予防のためには、日頃よりPD患者を十分に診察し、最適なPD液処方と腹膜炎防止により腹膜劣化を防ぐことが重要です。もし発症した場合には、その当日のステロイド投与が有効です。しかし、確立したEPSの根本的治療は開腹癒着剥離術しかなく、いたずらに保存的治療で時間を費やすことは避けるべきです。

すでにEPSは致死的な合併症でなく完全に克服された病態であると断言されます。

参考

表1:EPSの診断
A)臨床症状

1.腸閉塞症状

  1. 嘔気、嘔吐、腹痛(軽度の場合が多い)、下痢・便秘
  2. 低栄養・るいそう、微熱
  3. 血性排液・血性腹水、腹水貯留
  4. 腸管蠕動音低下、腹部塊状物触知

2.生化学的検査

  1. 炎症反応:末梢白血球数増加、CRP陽性(弱陽性が多い)
  2. 低アルブミン血症
  3. エリスロポエチン抵抗性貧血
  4. 排液(腹水)中FDP・IL-6・エンドトキシン増加
B)画像診断

1.X線検査

  1. 腹部単純撮影にて二ボー出現、腸管ガス像の移動消失
  2. 消化管造影にて腸管拡張・狭窄・通過時間遅延(注:水溶性造影剤では不明瞭、高度の閉塞症状がなければバリウムを使用する)
  3. 注腸造影にてS状結腸の狭窄・硬化像

2.CT検査

肥厚した腹膜、隔壁化された腹水、拡張した腸管、石灰沈着(壁側腹膜から臓側腹膜への連続した被膜の確認)

C)臨床経過の確認

腸閉塞症状が起こるが一時的な絶食で改善、しかし数ヶ月を経て再燃、この再燃までの期間が徐々に短くなる。

表2:予後の比較
開腹時所見、腸管全域を覆う被膜
図の説明
図1:開腹時所見、腸管全域を覆う被膜がみられる
開腹時所見、腸管全域を覆う被膜
開腹時所見、腸管全域を覆う被膜
図2:腹部CT所見、腸管を覆う被膜と限局した腹水、被膜の石灰化が見られる
腹部CT所見、腸管を覆う被膜と限局した腹水、被膜の石灰化
図3:腸管追跡透視像(バリウムによる造影)、腸管運動の遅延が見られる
腸管追跡透視像(バリウムによる造影)、腸管運動の遅延